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ハート新佳の物語 一気に読めます編

→ はじめに ←
**********************************

太陽はのぼる
必ずのぼる

どんなまっくら闇の夜にだって
かならず朝が
まぶしい朝が待っているんだ

**********************************
第一話 ミイちゃんとの約束


みどり、みどり、みどり…

緑の街


地下鉄京川新線並木坂南駅下車
改札を通りエスカレーターで地上へ出ると

つつみこむような緑
かろやかな緑、深い緑


地下鉄出入り口の周りも
そして目の前のロータリーも

みずみずしい緑の樹々
植物の呼吸がきこえてくるようです。

初夏の風舞う駅を背に
目を先のほうへ向けると…

2本のまっすぐなグリーントンネルの車道


この車道は、吸水と保水の性質を持つ素材で作られ
電線は地下に埋設しています。


中央分離帯は、桜並木
両側の歩道は、けやき並木
それぞれ樹齢40年です。


このゆるやかな丘状グリーントンネルと
ガス灯を模した街灯も
約1キロ先のアリーナまで続いており


その頂上に
駅からひとつ目の信号、交差点
東南の角にアート新佳の事務所はあります。


「おはよう、副社長さん。」
「おはようございまーす。」


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ
外ぼうきで
ザッザッザッ


葉と葉のあいだから
午前の太陽がまぶしい


う~ん
晴れて気持ちいいよぉ


おとなりの新婚ホヤホヤ パティスリーアーサの田中さんも
そのとなり美容室チェリーの陽子さんも
車道をはさんだ向かい側の
喫茶店キリマンジャロのマスター麻生さんも


キュッキュッキュッキュッ
ザッザッザッザッ


みんなこの町が大好きで
本気で…全力で盛り上げていこうって
開店前は、こぞってお掃除タイムです。


外壁をアイボリー系
看板は、ちっちゃめ
建物は2階建てまで
お隣さんとの境にみどりを植えること…


みんなで決めたルールにのっとって
店舗、ホール、オフィス等

グリーントンネルの両脇に
それぞれ80軒ずつ並んでいます。


わたしは
9時に出社
自宅から歩いて3分の職場です。


「おはようございます!
うん、今日もかがやいてる。」


事務所を入って正面
社長の木製デスクのすぐうしろには
わたしが両手をひろげたくらいの大きな油彩画が
バーンと飾られています。


のぼる太陽の絵、赫赫(かくかく)


朝出社すると
その絵におもわず挨拶したくなってしまうんです


事務所まわりを掃きおえ
床をモップがけしていると


さしこむ陽射しで
木調の事務所内は
やさしく光っています。


いいなぁ…


はっ
またぼーっとしてしまった!


急いで
机・テーブルをふき


プランターのベゴニアや紫陽花、
ベビーティアーズ、イングリッシュラベンダー
観葉植物のソング・オブ・ジャマイカ、パキラ…
へお水をあげました。


お花さんが、にこっ
っと微笑んでくれます。


正面入り口のガラス引き戸には
5センチ×30センチで


アート新佳


と金文字が入っており
毎週月曜日、ワイパーでガラスをピカピカにします。


「社長、おはようございます!」


絵画商40年の自称ダンディの社長がご出社。


「おはよう副社長。ココア入れてくれる?」
「はいっ」


副社長こと
社長の長女わたしは


37歳独身
髪はショートでお酒大好き


社長のココアをかかさないのも
わたしの大切な任務のひとつです。


「もしもし、おはようございます、アート新佳です。
いつもお世話になっております。
いいお天気で気持ちいいですね。
はいっ…はいっ、いえいえこちらこそ、はいっ…。
それでは11時くらいにお伺いしてもよろしいでしょうか。
はいっ、よろしくお願いいたします。」


「副社長、電話ありがとう。お客様宅のあとは画家さんのアトリエだね。」
「はいっ。」


「さっ、出よっか!」
覇気のある社長の声


「えっ、あ、はいっ。」
毎日のことながら、いつもあたふたついていきます。


社長は、
書類や印章のはいった
使いこんであるチョコレート色の皮カバンを持って
足早に駐車場へ


わたしが、
留守看板をだし
電話の留守録・転送とセキュリティーシステムをセット
正面の引き戸に鍵をかけ
奥のミーティングルームから通用口を出ると


エンジンのかかったウロートスルロイス
運転席に社長がスタンバってます。


「外回りですか?」
おとなりさんご夫妻がキッチンルームの窓から顔を見せました。


「はいっ、葉山のお客さまのところへ…」
助手席に乗りこみながら答えるわたし。


…そうだ、今日は横横高速で行くんだっけ。


「いってらっしゃい。」
「いってきまーす。」


松と潮騒の
葉山公園からほど近いところにある
お客さま宅に納品をすませ


海岸線を走る
ウロートスルロイス


車窓は
湘南の海にゆれる白い帆…


波に乗るサーファーが
絵になっていました。







「おじさんっ!」


午後5時
事務所へ帰り着くと
見知らぬランドセルの少年が
花だんの横につったっています。


「おじさん、ほめられるようにしてくれるんでしょ



「なに言ってるんだい?なんのことだい?」
社長は、少年の目線に合わせひざを曲げました。


「えっと…。」


少年は、ちょっと口ごもったあと
決心したような語調で言いました。


「ぼく聞いたんだ。
高い料金とるけど成功率100パーセント、腕はたしかだって。」


「ん?何の話だい?
なにかきっと聞き違いだよ。ウチは、絵を売る商売なんだから…」


「ぼく南小の5年
佐藤新太っていいます!」


彼は、かぶっていた白天の野球帽をとり
ペコリと頭をさげると
社長の話をさえぎるように話しはじめました。


頭は七分刈りで、すこーし茶色がかった髪
日焼けで黒光りした顔
プチトマトのほっぺ


155センチのわたしの肩くらいだから…
平均より小さめかも


ぱっちりと見開く目には
話がすすむほどに涙があふれてきて
社長をまっすぐに見上げています。


「ぼく、野球が大好きなんだ。
一度でいいからアイツみたいにほめられたいんだ。」


子供が大好きなやさしい社長ですが
甘やかしたり特別扱いしたりはしません。


冷静を装って話を聞いています。


「おねがいします!」
差しだしてきた小さな手には
『アタリ』と印刷された紙1枚。


「今これしかないんだ。」
人気の冒険アニメ『ぱろる』の等身大フィギュアの当たり券です。


「あした、また来てもいいでしょ。
ぼく、ひきうけてくれるまで何回だってくるよ!」


「ちょっと待って。誰が言ってたんだい…その…。」


「だがし屋の梅ばぁとトヨじぃがお店の奥で話しているのを聞いたんだ
アート新佳は、オモテの顔だって
本業よりもうかってるらしいよって。」


少年を見送る社長とわたし
背筋をピンとのばして小さいからだが
さらにさらに小さく夕映えの町に消えていきました。


「どーしよっかねぇー。」
「もしかしたら、その気になっているんじゃありませんか?」
「…、そうでもないよ。いい目をしていたね。」


「あのじぃーさん、ばぁーさんに口止めしとかなきゃだ…。」
「ふふふ、ウチもうかってませんしね。」


翌日の夕方4時をすこしまわった時間に
都内3軒の営業をおえた
ウロートスルロイスは


並木坂南駅前のロータリーをぬけ
1年中 毎日見てあきない
ゆったりとした登り坂の並木道へ


車道は
ゆとりのある片側一車線
制限速度は20キロ


フロントガラスから
グリーントンネルを楽しんで事務所へ


アート新佳とパティスリーアーサさんの境目
垣根わきにしかれた砂利は
奥の通りまで通じていて
通路をかねたアート新佳の駐車スペースになっています。


「あらっ!」
わたしは、ロイスの助手席から飛び降りました。


通用口の前に
昨日の少年…佐藤新太くん


そう、しんちゃんは
ランドセル姿で立っていました。


「いつから待ってたの?今あけるから。
今日は少し時間いいの?中へお入んなさい。」
「うん!」


わたしは急いでシースルーの横引きシャッターをあけ
ドアをひらき
小走りでセキュリティーシステムを解除


ダウンライトのスイッチを入れると
しんちゃんをミーティングルームへ手招きし


「今、おいしいもの出してあげるから。」
とイスをすすめました。


「うわぁ…秘密基地みたいだ…。」


しんちゃんは
中二階へ駆けあがり
まるくくり抜いた窓や…


あちこちキョロキョロ
見たりさわったりし始めました。


「しんちゃん、もう少し待っててね。」
ドアをあけ事務室に入ると


天窓からさしこむオレンジ色が
木の床に


留守看板をはずし
正面口のガラス引き戸の鍵をあけました。


歩道のけやきは西日をあび
葉っぱたちが風とおしゃべり


『副社長、おかえりなさーい。』
『ダイエットしてるって本当ですかー?』


まったく、もうぉ…。


ミーティングルームにもどると
30年ほど前に絵と交換した
無垢の1枚板で作った厚さ10センチ
タテ3メートル、幅1.5メートルのテーブルに


ピンクと白のストライプのシャツを着た70歳社長と
赤いTシャツの11歳しんちゃんがならんで座っています。


白天の帽子を得意気のしんちゃん
こめかみに汗をにじませ
ピンクのほっぺは、キョロリとした目のすぐしたで
たこ焼きのようにまるくふくらんでいます。


「うちのお父さんね、毎日おそくに帰ってくるんだ


わたしが給湯室で用意していると
しんちゃんと社長の話し声が聞こえてきました。


社長お気に入りの
果汁100パーセントオレンジジュースと
おとなりさんのロールケーキ



「はいっ、どうぞ。」
「いただきますっ。」
しんちゃんは、人なつっこい笑顔でにっこり


よほど喉が渇いていたのか
チュー
っとストローから吸いあげ
一気に飲み干してしまいました。


ん?
ふたりとも!?


ぷっ、社長さっきロイスの中でブドウジュース飲んだばかりなのにっ。


都心の大型書店で
経理課長をしているお父さん


もうすぐ5歳の妹のミィちゃんは病気がち


お母さんは午前中パートで事務仕事をしたあと
午後はミィちゃんの入院先の病院に行ったりかかりきり。


しんちゃんは、ひとりで過ごすことが多いようです。


「さびしくなんてないよ、衛星放送で白天の試合を見ると元気がでてくるんだ。
お母さんもミィも、野球大好きで…たまにだけど一緒に見て大騒ぎ。
ぼく今は下手っぴだけど、かならずうまくなってあそこでプレーするんだ!」


にぎりこぶしを作って
まっすぐな瞳を社長に向けると


「そっかぁ…、しんちゃんえらいね。
でもね、何を聞いたのか知らないけど
何回きてもらっても、ウチは絵を売る商売だからね。
あしたからちょっと忙しくて帰りも遅いし…。」


少しつきはなすような口調がかえってきました。


「ぼく…あきらめないよ。」
くちびるを噛むしんちゃん。


思わず目を見あわす
社長とわたし。


「今日が金曜日だから、土日月火…
そうだなぁ、水曜日。
水曜日なら同じ時間にいるかな…。
ケーキとジュースなら喜んで出してあげるよ。」


「うん!」




「副社長、ココア入れてくれる?」
「はいっ。」

ダウンライトの事務室
残業タイムのアート新佳です。

お腹すいたぜよぉぉぉ…

アート新佳の仕事は
たのしくて…大変です。

のぼる太陽の絵 赫赫の前に
L字に配置した
社長とわたしの木製デスク

くるり、くるり

社長は、
腰かけた茶系の事務イスを
右に左に動かしています。

今日、新人作家さんからお預かりしてきたアクリル絵の具の
抽象画(未額装)60センチ×45センチを眺めつつ
なにか考えをまとめるようと
時々、目を天井にむけたりもしています。

「きょうは、ここまで。
じゃ、ミーティングルームへ行こっか。
副社長、25年前の…。」

「ええ。あの時のファイルですね。」

絵画保管庫を入って左、つきあたりの壁には
ブルーで描かれた海のような空のような…油彩画。
携帯電話をかかげると
額縁が左へスライドされ
あらわれたセンサーに
虹彩照合、静脈認証を行うと

ウィーン…

ミーティングルーム
中2階の下の壁が床下へ引き込まれ
地下へとつづく階段が

降りていくと
書庫風な20㎡の部屋にたどりつきます。

ここが、
アート新佳のもうひとつの顔

ハート新佳の資料室になっているのです。

カツン、カツン、カツン…
わたしの足音が響きます。

う~んと
う~んとぉ…

ぎっしりと並ぶファイル、ファイル、ファイル…
それはハート新佳の軌跡でもあります。

あった!

わたしは、ブルーのファイルを片手に
駆け足でもどりました。

「社長ありました、これですね。
きゃっノリユキ君かわいいぃ!
わたしはまだ中学生でしたけど鮮烈に覚えていますよ。
…。不思議なめぐり合わせですね。」

「どれどれ、うん、いい顔してる。いい目をしてるね。
あのころから全然かわってないんだなぁ…。」

ユニフォーム姿の小学5年生野球少年が
どろんこだか汗だか…涙だか…
いろいろまみれてシマシマになった顔
まっしろな歯を出してわらってる写真。

そこには、ノリユキ君のお父さんからの手紙が一緒に綴じられていました。


並木坂南町も夜の帳がおり
ケヤキと桜は、ぽっぽっぽっ…


ガス灯風の街灯に
やさしく照らされています。


ダウンライトはおとし
スポットライトに切り替え


ミーティングルームの灯りは
無垢テーブルにそそがれています。


ボーン、ボーン、ボーン…
柱時計が9時と教えてくれました。


「お疲れさまです。」


わたしがホットココアをおくと
社長は意を決したように
卓上の電話から受話器を手に取りました。


「…。あ、もしもし、アート新佳の柴田です。」


「アート新佳…、あぁ、社長さん!
いやいやハート新佳の社長さんと呼んだほうがいいかな。」


「お久しぶりです。ご活躍は、いつもテレビで拝見しておりますよ。」


「こちらこそ、お久しぶりです。
あれ以来すっかりご無沙汰してしまって…社長もお元気そうですね。」


「はいっ、えぇ、おかげさまで。
シーズン中のお忙しいときに電話なんてしてしまって…。」


「はっはっはっ、何おっしゃってるんですか、いやぁうれしいです。
社長には、恩があるんだから。あのとき息子は…。
いつか…、いつか社長から連絡がきたときは、
ふたつ返事でって決めていましたよ。」


なつかしくもあり、つもるドラマもあり…
会話は盛り上がるばかりです。


社長は、楽しくてたくさん話したいと思いましたが
多忙の先方を気づかい


「…、それではよろしくお願いします。」


と、できるだけ早めに電話をきりました。


「快く引きうけてくださったみたいで
よかったですねっ!

それで
上司の件の真山さん
結婚30周年記念の片野さん
受験の上野さん
の今後のスケジュールなんですけど…。」


「そうだね、全部真剣勝負だからね。
誠実に取り組んでいかないとね。
アート新佳もハート新佳も常にファイティングポーズをとり続けようね。」


「はいっ、もちろんです。どすこいですっ。」


ハート新佳の仕事も
たのしくて…大変です。



「こんにちは、水曜日だからきたよ。」


「よっ、野球少年。グッドタイミング!
きょうは、イチゴショートケーキですよぉ。
これもおいしいぃんだから。
さ、一緒に食べよっ。」


わたしは、白天帽のツバをぐっとあげ
しんちゃんの顔をのぞきこみました。


「副社長、アタリ券だから引き受けてくれないんでしょ。」
ふて顔しんちゃん。
わたしの顔から何かを探すように
まあるい目を向けてきます。


「ふふふ♪ウチは絵画商だって言ってるのに。」
といじわる顔のわたし。


社長は両手で、しんちゃんのちっちゃな両肩をぎゅっとにぎり
温かくそして、真剣な顔で言いました。


「これからの話は
お父さんお母さん以外には話さないって約束できるかい?」


「え?!」
しんちゃんは、一瞬息をのみ


「わかったよ、男同士の約束なんだね。」
と、まっすぐな眼差しで返事をしました。


「今度の日曜日、午前10時。天宮球場へ行きなさい。
そこの並木坂南駅から渋谷まで乗り換えなしで30分だし、
行きかたはわかるね?」


「う、うん。白天のホームグランドだもん、友達と何回も行ってるよ。」


ミーティングルームのスクリーンには、天宮球場が映し出され
映像は、見取り図へと変わっていきます。


「管理事務所は、ここだから。
そこの警備員さんに、コレをわたすんだよ。

しん君、心からほめられるってのは
それだけのことをしなくっちゃね。
大変なことになるかもしれないけど、がんばってごらん。
じゃ、いってらっしゃい。」


社長は、シャツの胸ポケットから白い封筒をとりだすと
しんちゃんに手渡しました。





しんちゃんのマンション…グリーンヒルズは
並木坂南駅から徒歩3分で、南中のすぐ目の前です。


オートロックのエントランスを通り
エレベーターを最上階の5階でおります。


食卓の上にはラップをした夕食。


しんちゃんの大好きな手作りハンバーグ
そして…
色の濃いお野菜もお皿にもってあります。


「チンして食べてね」
とお母さんの走り書きがおいてありました。


今日も病院
ミィちゃんの容態がよくないみたいです。


20畳のリビングに
ひざを抱えてぽつんと座るしんちゃん。


野球中継を見終わると大好きなお母さんが帰ってきました。


「あ、お帰りお母さん!」


「ただいまぁ。
お留守番ありがとうね…
まぁ、にんじん残しちゃダメって言ったでしょ。」


「はーい。」


しんちゃんは、なま返事で
自分の部屋へと駆け込みます。


「だって、きらいなんだもん。」


学習机に向かうと
引き出しにしまっておいた白い封筒をとりだしました。


「へへっ、明日かぁ。なにがあるんだろ。」









「よぉ、しんちゃん。どこ行くんだい?」


地下鉄にゆられていると
スーツのおじさんが声をかけてきました。


「おじちゃん…お豆腐屋のおじちゃん!
いつもと違うから、ぼくわかんなかったよ。」


「これから、同窓会で銀座行くんだよ。」
「それでカッコつけてるんだね。」


「なに生意気いってんだい、普段からいい男だろ?」
お豆腐屋の菊野さんは、
かるくしんちゃんの頭を小突きました。


野球の話…ふたりとも白天ファンなので
いつも意気投合なんです。


地下鉄での時間は、あっという間に過ぎていきました。


しんちゃんは
天宮球場に、時間通り10時に到着。


どきどき、どきどき…
大変なことってなんだろ


社長からの白い封筒が
一瞬、ずしっと重い感じがしました。


よしっ!
深呼吸すると、はっきりとした声で言いました。


「すみません、ぼく佐藤新太といいます。
アート新佳の社長さんから、
管理事務所の方にコレをわたすよういわれました。」


「ああ、君が佐藤新太くんね。
元気いいねぇ。聞いてるよ。ほぉー。」


警備員さんは、メガネをかけなおして
しんちゃんの顔をじーっと見つめると
内線電話をかけました。


「あ、警備室ですけど、いらっしゃいましたよ。」


通路の奥から
貫禄たっぷり
ふとっちょのおじさん


めがねキラッ
白天のユニフォーム姿の…


「え!!!!!ウソだろ!?」
しんちゃんは、まるい目をさらに見ひらきました。




「あっ、しんちゃん練習してますね。」
ウロートスルロイスの窓に、社長、副社長。


梅雨入りで、しとしと雨のグランド。
しんちゃんは、ひとり
くりかえし、くりかえし走りこんでいました。


「しんちゃん、今日も…。」
夕映えの校舎は、だいだい色。
汗とほこりでドロドロのしんちゃん。


「今日も…。」
隔月の並木坂南町フェスティバルで町が盛り上がっているときも
素振りをつづけるしんちゃん。


「今日も…。」
クラスで一番人気のかわいいマイちゃんのお誕生会のときも
鉄棒でけんすいしているしんちゃん。


「今日も…。」
バックネットに的をかいた紙をはりつけ
遠投の投げ込みをしているしんちゃん。


「今日も…。」
…。


「おまえ最近つきあいわるいよ。しかも全然うまくなってねぇじゃん。」
同級生で同じ野球チームのレン君です。
レン君は、がっちりとしていて中学生にも見える体格です。


ぎゅっとこぶしを握るしんちゃん。
ギラリ
にらみ返すと


レン君は、
「夏休みのリーグ戦、楽しみだぜっ。」
と捨てゼリフをのこし去っていきました。


しんちゃんの小さい背中は、くやしくて震えています。


ポンっ
「大丈夫だよ!」


わたしは、思わず走りよって
しんちゃんの肩をたたきました。


「あ、副社長…、へへっ。」
しんちゃんは、急いで笑顔を作ろうとしたけど
だんだん目に涙がたまってきます。


「毎日よく練習してるね、もう2ヶ月もたつんだもんね。


大丈夫、かならず練習の成果はでるよ。
大丈夫、大丈夫だからね。


白天の名村監督の言ったとおりに、がんばってるんだもん。
ぜったい大丈夫に決まってるじゃん!
監督、なんて言ってたの?」


「自分に負けないこと、そうすれば最後必ず勝つって。」




「お兄ちゃん、ホームラン打つんでしょ。」
「そうだよ、今日は兄ちゃんの活躍でチームを勝たせてくるからね。」


パジャマのミィちゃんは、ほおを紅潮させています。
ミィちゃんは、お兄ちゃんが大好き


しんちゃんは、ミィちゃんのヒーローなんです。


「お母さん、お兄ちゃんかっこいいね。」
「だろ?だから早くミィも元気になって応援に来てくれよな。」
「そうよ、ミィちゃん一緒に応援いこうね。」


「お兄ちゃん、がんばって!」
「しんちゃん、がんばってね。」


病室のミィちゃんとお母さんに声援をうけると
ユニフォーム姿のしんちゃんは
くちびるを一文字に引きしめ
そのまま試合会場の南小学校へと向かいました。



夏休みに入り
はじめての日曜日


いよいよ今日はリーグ戦の初日


この日のために
少年たちは練習に励んできたのです。


晴れわたる夏日の
まっ青な空には
大きな入道雲がモクモクモクモク


グランドには、白線が引かれ
ダイヤモンドには、ベースが配置されています。


お豆腐屋の菊野さん
お蕎麦屋さんの増田さん
工務店の山田さん


お祭り大好き3人組は、
ねじりハチマキやら
フェイスペインティングやら
手製のノボリで
南町の応援席の一角に陣取っています。


しんちゃんのチーム南町サニーズは、先攻。
対する相手は、小梅町ファルコンズ


試合は、テンポよく進み
両軍の応援団は声をからしています。


しんちゃんの打順は9番で
3回まわってきましたが
バットにかすりもせず…3三振。


あわせる顔がないって、こういうことを言うんだ…


しんちゃんは
みんなと…特にレン君と目を合わさないよう
ヘルメットを目深にさげ、
バッターボックスから、ダックアウトへ戻ります。


守備のライトには、一度もボールがきません。
いいとこなしです。


ミィちゃんの顔が一瞬まぶたに浮かびました。


サニーズが1点リードの
2対1で8回裏
ファルコンズの攻めです。


2アウト2塁、3塁


よぉーっし。
気合をいれたその時!


ファルコンズの4番が打った球は
ライトポジションのしんちゃんめがけ


『とれるもんならとってみろ』
目をひんむいて飛んできました。


見てろよ!
しんちゃんは、走ります
走って走って


「あ!」


せいいっぱい伸ばしたグローブの
ほんのちょっぴり先を


『まだまだ、だな』


しんちゃんを横目で見ながら
ボールは、ぬけていったのです。


3塁の選手が1点


やっとボールに追いつき
しんちゃんは、泣きたいのをこらえ
にぎったボールを力いっぱい送球し
バックホーム


2塁にいた選手が3塁をまわりスライディング
土ぼこり もうもう


ホームイン!


ああ、2対3


ファルコンズに
逆転されてしまいました。


次の選手を、三振で抑えたものの
サニーズにとって苦しい展開となりました。


むかえた9回表
この回の1番がショートをぬけてヒット
2番のバントで、ランナーは2塁へ


3番バッターはレン君です。


「打ってきます!」
「たのむぞ!」


監督に背中をたたかれ、レン君がバッターボックスへ立ちました。


ブゥン!ブゥン!
ふりまわすバットは
ピッチャーを威嚇するかのように風をきっています。


相手ピッチャーも負けじと
くちびるを右に曲げ不敵な笑いを浮かべています。


1球目、ボール!
2球目、ボール!
3球目…


レン君のバットは、高めのストライクに入ってきた球をとらえ
カキーン!
打球は、大きく大きく弧をえがきます。


ぐんぐん、ぐんぐん


選手も、見に来ている父兄も商店街の店主たちも
みんな口をあんぐりあけてボールに釘付け


『レン君すてきぃ~』
ボールは、うっとり顔で飛んでいきます。


ホームラン…
フェンスを超えて
場外2ランホームランです!!!


右手を高く上げて
ダイヤモンドをまわり
ホームへ帰ってくるレン君は、満面の笑顔


見事、
2点もぎとりました。


再々逆転!


両軍、必死です。
応援団は、きちがいです。
飛んでる鳥も空中でフラメンコ
『オーレッ』


4対3で、9回裏


このまま守り抜けば
サニーズの勝利。


どっくん、どっくん
どっくん、どっくん…


お願いだ
こないでくれ、こないでくれ


しんちゃんは、祈るおもいで守備位置につきました。


しんちゃんは、祈るおもいで守備位置につきました。


先頭打者は
かなり粘りましたが内野ゴロで
1アウト


あとふたりです。


と、どうしたことかエースピッチャーの剛一君は
急に制球がみだれて
2者連続フォアボール


続いて
相手チームの強打者が
バッターボックスに


初球は、力が入りすぎてワンバンド
キャッチャーの横をぬけてバッグネットまで転がり
ランナーはそれぞれ2塁3塁に進塁


一打逆転でサヨナラ負け
サニーズ、大ピンチです。


こないでくれ
たのむこないでくれ…


消えてしまいたい…
すっかり弱気のしんちゃんです。


ぼく、ダメだっ
体もちっちゃいし、使い物にならないんだ。
そんな思いがよぎったとき



『大丈夫、大丈夫だからね。
監督、なんて言ってたの?』


…あ、社長、副社長ぉ。



自分に負けないこと
そうすれば最後は…


最後は必ず勝つ!



2球目
ど真ん中へ速球


カキーン!!!!!


歓声は消え、一瞬しーん


「はっ!」
ライト方向へ打球が
ぐんぐん飛んできます。


しんちゃんは走りだしました


不安をふっきるように
走って、走って


あ、間に合わないっ…


ダ、ダ、ダッ
右足を強く踏みこむと
ボールめがけて


飛びました
横っ飛びで左手を思いきりのばし


ボールめがけてダイビング!
飛んで、飛んで…
しんちゃんは、宙にまっています。


ドンッ!
グローブに衝撃をうけると同時に
しんちゃんは、グラウンドに転がりました。


入ってる!うそっ、あっ


ホームに向かってグローブの球をアピールすると
チームのみんなが、セカンドを指差しています。


そうか
サードへ進んだランナーが引き返そうとしているんだ


しんちゃんは、全力で送球。


こんちくしょうー
勝つんだぁぁぁ!


この2ヶ月の思い
すべてこめて投げました。


ボールは、2塁手のグラブに吸い込まれ…


アウトー!
ゲームセット!


わぁぁぁーーーーー!!!!!!
きゃぁぁーーーーー!!!!!!
ひゃっほぉぉぉーー!!!!!!
やったぜぇぇぇーー!!!!!!

ばんざぁぁぁーーい!!!!!!


味方の南町サニーズのベンチは、大騒ぎ。


「いやぁ、いい試合だった。」
3人組も、口々に言ってます。


ネット裏では
すこし涙目のわたしと満足気な社長が
ハイタッチ



「しん、すごいよ、やればできるじゃないか!」
「あっ、ありがうございま…イテッ。」
監督、そしてチームのみんなが
頭やら肩やらあちこちたたいて
喜んでくれました。


いいえ、ほめてくれました*^^*


「しんちゃん、こないだごめんな。
お前と遊びたかっただけなんだ。
あしたから、おれも一緒に練習してもいいか?」


レン君は、恥ずかしそうに
でも、友達の活躍がうれしくて顔がほころんでいます。


「もちろんだよ!」
しんちゃんとレン君は、握手。


南町サニーズ、初戦を勝利で飾り…
まぶしい夏休みのスタートです。


遠くの入道雲は太陽にかがやき
青空は、すっきり微笑んでいます。


ハート新佳の物語 第一話 ミィちゃんとの約束 おわり


ハート新佳の物語 第一話は12回に分けて記事アップしました。
いただいたコメントをお読みになりたい方は
↓↓↓
こちら
2008年07月17日 | 副社長の日記
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